令和6年度_2024_助成研究報告集
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ーロンにおける DNA 損傷の可視化系の構築を目指した.さらに,TDP-43 の機能喪失が R53BP1 の局在に与える影響を解析することで,TDP-43 による DNA 損傷応答制御機構の一端を明らかにすることを試みた.運動ニューロンは,その長大な軸索や高い活動性ゆえに恒常性維持の負荷が大きく,特に ALS などの神経変性疾患では選択的に変性することが知られている.TDP-43 は,こうした疾患で細胞質に異常蓄積する代表的な RNA 結合タンパク質であり,近年,DNA 損傷応答や修復にも関与することが示唆されている 6-8).しかし,その機能破綻が運動ニューロンにおける DNA 損傷の局所的応答にどのような影響を与えるのかについては,未だ十分に理解されていない.この原因として,生体内の運動ニューロンが,その形態や生体深部に位置する限られた細胞数などから,解析し難いことが挙げられる.我々は,運動ニューロンをライブイメージングできる利点をもったゼブラフィッシュをモデルに用いて,運動ニューロン特異的に R53BP1 を発現させる三重トランスジェニック系統 Tg[mnr2b-hs:Gal4] Tg[UAS:EGFP] Tg[UAS:R53BP1] を作出し,神経細胞における DNA 損傷検出のライブイメージング解析を試みた.TDP-43 をコードするゼブラフィッシュの 2 つの遺伝子 tardbp および tardbpl をともに破壊した個体では,R53BP1 が細胞体の大きな運動ニューロンにおいて,核外にも逸脱し細胞質に蓄積するという特徴的な局在異常が観察された.一方,小型の運動ニューロンでは,R53BP1 の局在は主として核内に限定されていた.これらの結果は,R53BP1 の核内局在維持がTDP-43 の機能に依存しており,かつその依存性が細胞サイズにより異なることを示唆する.R53BP1は 3 コピーの核移行シグナル(NLS)を持ち,importin αにより核内へと輸送される.したがって,TDP-43 欠損に伴う R53BP1 の局在異常は,核輸送経路の破綻による可能性があると考えられた.しかし,同一個体で RFP タグ付きヒストン H2A(RFP-H2A)を発現させたところ,RFP-H2A は正常に核に局在していた.このことは,核輸送機構全体が障害されているわけではなく,R53BP1 特異的な異常であることを示している.興味深いことに,ライブイメージングにおいては,固定サンプルでは検出されなかった R53BP1 の細胞質コンデンセートが観察された.この構造の性質や機能については未解明だが,DNA 損傷部位で形成される 53BP1 コンデンセートとの関連が示唆され,今後の詳細解析が求められる.一方,R53BP1 の蛍光輝点を DNA 損傷の直接的な検出指標とする試みにおいては,運動負荷による DNA 損傷の誘導を期待して,Turbulent Swim Test(TST)を実施した.スターラーで乱流を起こしたバッファー中で仔魚を長時間泳がせることで,強い運動負荷を与える実験系であるが,3 時間の TST 後においては,R53BP1 の輝点出現頻度に有意な変化は認められなかった.これらの結果は,現行の条件では運動負荷による損傷は十分ではない可能性,あるいは R53BP1 の感度や時間スケールが異なる可能性を示唆する.現在,より長時間の刺激や異なるストレス条件における R53BP1 の挙動を検討しており,運動ニューロン特異的な DNA 損傷応答の可視化手法の洗練を目指している.本研究は,TDP-43 の機能喪失が運動ニューロンにおける DNA 損傷応答に与える影響を,生体内で可視化した初期的な試みとして位置づけられる.特に,細胞サイズに応じた TDP-43 依存性の違いや,R53BP1 の細胞質コンデンセート形成といった新たな知見は,運動ニューロンの選択的脆弱性や病態進行機構の理解に貢献しうる.今後は,R53BP1 以外の DNA 損傷応答分子との比較解析や,R53BP1 コンデンセートの構造と機能に踏み込むことで,TDP-43 の細胞質移行が DNA 修復能に与― 33 ―

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