はじめに医薬品候補の探索研究においては,疾患に対する薬効だけではなく,副作用の有無や体内動態等を含む多数の特性が同時に最適化 (多目的最適化) された分子が要求される.近年では,所望の特性を持つ分子を設計可能な分子生成 AI を開発し,それを医薬品候補の探索における多目的最適化に適用した事例が報告されている 1).分子生成 AI による多目的最適化では,生成分子の各特性を評価する際,特性ごとに教師あり学習による予測モデルが使用されることが多い.しかし,予測モデルが所定の信頼度で予測を行えるデータ領域(適用範囲)は限定されている.さらに,その領域は複数の予測モデル間で重複するとは限らないため,複数の予測モデルの信頼度を同時に考慮することは困難であった.そこで本研究では,複数の予測モデルの信頼度をそれぞれ調整することで,可能な限り信頼度が高い予測に基づいた多目的最適化を実現するための手法である DyRAMO (Dynamic Reliability Adjustment for Multi-objective Optimization) を開発した.実験方法DyRAMO による信頼度の調整は,1. 信頼度の設定,2. 分子設計,3. 設定された信頼度の高さと分子設計の結果の評価,を繰り返すことを通して行われる.・Step 1: 各予測モデルに信頼度を設定し,それに基づき適用範囲を定義する.ここでユーザーは,調整する信頼度の範囲と,優先的に信頼度を高くする予測項目を選択することが可能である.・Step 2: 分子生成 AI による分子の生成を行う.ここでは,Step 1 で定義された適用範囲内で,全ての特性が最適化された分子を生成することを目標する.・Step 3: Step 1 で設定された信頼度の高さと,Step 2 の分子設計の結果を評価する.また,信頼度の調整を効率的に行うために,ベイズ最適化を導入した.本手法の有効性を検証するために,非小細胞肺がん等の治療における標的タンパク質の一つである上皮成長因子受容体 (EGFR) に結合する医薬品候補化合物の設計を実施した.本設計では,EGFR に対する阻害活性,代謝安定性,膜透過性の 3 種類の特性の同時最適化を試みた.また,分子生成 AIとしては ChemTSv2 2)を使用した.寺山 慧 横浜市立大学生命医科学研究科生命医科学専攻生命情報科学研究室・准教授吉澤 竜哉 ― 327 ―医薬品候補探索のための信頼される分子生成 AI の開発
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