令和6年度_2024_助成研究報告集
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が変性によって失われ,全身の筋力が致死的に衰退する難病である.ALS には,大きく強い身体の動きから徐々に失われる特徴があるが,強い筋収縮を指令する細胞サイズが大きい運動ニューロンほど変性し易いことに起因している.現在,ALS における神経細胞の変性し易さ(神経細胞の ALS 脆弱性)のメカニズムはほとんど不明であり,その解明は,ALS 病態の理解を深めるだけでなく,有効な治療戦略の構築に向けた突破口になると期待されている.本研究は,神経活動に付随してある頻度で DNA 損傷が生じる,という神経細胞の基本的な性質を考慮に入れ,DNA 損傷に対する応答能の差異,という比較的新しい観点から,神経細胞の ALS 脆弱性のメカニズムを検証することを目的とした.細胞核において DNA の二重鎖切断(Double strand break, DSB)が生ずると,DSB 周辺のヒストンバリアント H2AX は直ちにリン酸化される.多くの DNA 損傷修復タンパク質は,このリン酸化型 H2AX との相互作用を介して DSB 部位に集積する.現在,細胞内の DSB 部位の検出には,このリン酸化型 H2AX に対する抗体を用いた免疫染色法が用いられることが一般的である.しかし,抗リン酸化 H2AX 抗体は非常に感度良く DSB を検出できる手法であるが,サンプルを固定する必要があるため,DNA 損傷の発生と修復までを含む一連の DSB に対する細胞応答の動的側面の全体像を解析しにくいという制約がある.そこで我々は,運動ニューロンにおける DNA 損傷部位をリアルタイムに検出するための蛍光プローブを開発することを目指した.その第一歩として,DSB 部位に集積する性質を持つ DNA 損傷修復タンパク質の一つである 53BP1 のバリアントに RFP を付加した R53BP1 を作製した.R53BP1 は DNA の DSB が起こるとリン酸化を受けて DSB 部位に集積し,DSB が R53BP1 の輝点として観察されると期待した.本研究では,身体組織の透明性が高く,脊髄の神経細胞をライブイメージングすることが可能なゼブラフィッシュにおいて,R53BP1 を脊髄運動ニューロンに発現させたトランスジェニックゼブラフィッシュ系統を構築した.さらに,野生型ゼブラフィッシュ仔魚と,ALS 関連因子である TDP-43タンパク質をコードする tardbp 遺伝子を破壊した仔魚の,脊髄運動ニューロンにおける R53BP1 の比較をおこなった.これらの観察から得られた R53BP1 の挙動について議論する.実験方法ゼブラフィッシュの飼育について本研究は,国立遺伝学研究所の動物実験委員会の「実験動物の管理と使用に関する指針」に従って実施された.すべての実験プロトコルは,国立遺伝学研究所の動物実験委員会によって承認されている.実験には,AB 系と Tübingen 系のハイブリッドである野生型およびトランスジェニックゼブラフィッシュを使用した.ゼブラフィッシュは,受精後最初の 5 日間,28℃の温度下で 12 時間明期/12 時間暗期(L/D)サイクルのもとで飼育された.DSB マーカー候補である R53BP1 のデザインDNA 損傷応答因子であるヒト 53BP1 のアミノ(N)末端側に,3 コピーの核移行シグナル(Nuclear localization signal, NLS)と赤色蛍光タンパク質 mRuby3 を融合させたタンパク質 R53BP1 を設計した.R53BP1 を Gal4/UAS 法を用いて発現させるために,R53BP1 をコードする DNA 断片を 5 コピーのGal4 の認識配列(Upstream Activation Sequence, UAS)に連結させた UAS:R53BP1 を作製した.こ― 30 ―

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