のが現状である 16).このような実験系の不確実性は,腸内細菌の存在有無が宿主に与える影響を正確に評価するうえで大きな障害となる.特に,寿命や加齢関連表現型の解析では,飼育期間が長期に及ぶため,途中で微生物のコンタミネーションが生じた場合に,結果の信頼性が著しく損なわれる.また,遺伝子変異体や RNAi ハエを用いた場合でも,無菌状態を確実に維持しなければ,腸内細菌の存在が要因となって意図しない表現型が生じる可能性もある.このような背景から,ショウジョウバエにおける完全無菌状態の長期維持を可能とする技術基盤の確立は,腸内細菌研究における重要なブレイクスルーであるといえる.特定の細菌のみを再定着させたノトバイオート系統を安定的に維持できれば,宿主—微生物の一対一の相互作用に関する実験系が成立する.また,無菌ハエを用いたベースラインとしての寿命解析により,特定の微生物が加齢や寿命に与える影響を高精度に評価できるようになる.これにより,腸内細菌による寿命制御メカニズムの解明にとどまらず,性差,栄養状態,遺伝的背景といった他の因子との相互作用も明らかにする道が開かれる.加えて,ショウジョウバエは,腸管免疫,脂質代謝,生殖,神経行動などの加齢関連生理機能について,既に豊富な研究資源と遺伝学的ツールが整備されており,それらの研究基盤を活用することで,腸内細菌と宿主の相互作用がどのような経路や細胞型を介して発現するかを分子レベルで解明することが可能である.本報告書では,このような背景を踏まえ,ショウジョウバエにおける完全無菌状態の確立と長期維持に関する技術的課題とその解決策を中心に述べるとともに,腸内細菌と宿主生理との因果関係を明らかにするための実験系構築に関する進展について報告する.特に,我々が確立した無菌維持技術が腸内細菌研究の再現性と精度を飛躍的に向上させる可能性を示し,加齢・寿命研究への発展性を議論したい.実験方法本研究では,ショウジョウバエにおける真に無菌な実験系を確立し,長期間の継代が可能な無菌およびノトバイオート系統を構築することを目的とし,以下の手順に基づいて無菌ショウジョウバエの作成と検証を行った.1. 無菌アイソレーターの構築と管理無菌操作および継代飼育は,ビニルアイソレーターを使用して行った.アイソレーターへの物品搬入は,原則としてオートクレーブ滅菌を行った後,滅菌缶を用いて無菌状態を維持したまま搬入した.オートクレーブできない物品は,エクスポアによる消毒処理後,ステリルロックを介して搬入した.2. 無菌ハエ飼育用エサの調製と滅菌使用した基本組成は以下の通りとした(% w/v):乳タンパク加水分解物(2.7),酵母抽出物(2.0),コーンフラワー(3.1),乾燥ビール酵母(6.2),D- グルコース(7.8),4- ヒドロキシ安息香酸エチル(0.3),寒天(0.5).さらに,ドライイーストを数粒添加し,密閉後にγ線(コーガアイソトープ)照射による滅菌処理を施していたが,本研究ではオートクレーブ(121℃,60 分)による滅菌法に切り替えて使用した.オートクレーブ滅菌後のエサは幼虫から成虫までの正常な発育を支え,長期維持に適していることが事前実験により確認されている.3. 無菌ショウジョウバエの作成無菌ショウジョウバエの作成は,以下の手順で実施した:― 228 ―
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