はじめに悪性腫瘍に対するキメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor: CAR) 導入 T 細胞療法は難治症例を治癒に導き得る有望な治療法であるが,患者から個別に細胞を製造するために多大なコストがかかる上に,細胞準備に一定の時間を要することから,進行の早いがんでは適切な治療時機を逸するリスクがある.また患者ごとに T 細胞の質が異なり,治療効果がばらつく原因ともなる.そこであらゆる患者に使用できるように健常人から CAR-T 細胞を大量に製造する,「ユニバーサル CAR-T 細胞」の開発が期待されている.治療効果の面でも,健常人由来 T 細胞はナイーブ T 細胞,未分化なメモリー T 細胞分画の割合が多く,化学療法を頻回に受けている患者由来 T 細胞と比較して持続性に優れることが知られている 1).しかし,レシピエント・ドナー間の allogeneic(アロ)免疫抑制のために,輸注する T 細胞側の T 細胞受容体(TCR),HLA などの発現を抑制する必要があり,多くの場合,CRISPR/Cas9 や TALEN などを用いたゲノム編集技術が用いられることから,安全上の懸念や,製造工程のさらなる複雑化が生じる ( 図 1)2).また,HLA 欠失に伴う NK 細胞からの認識回避に関して,HLA-E の過剰発現などの技術開発が行われており,基礎研究段階では有望な結果が示されているが,実際のヒト体内での挙動については結論が出ていない 3).細胞内の抗原ペプチドは,小胞体膜に存在する抗原処理関連トランスポーター(TAP) に運搬されて HLA クラス I 分子に結合し,細胞表面に運ばれて抗原提示される.例えばヘルペスウイルスなどが有するタンパク質はこの過程を阻害することで抗原提示を抑制し,感染細胞の免疫逃避を誘導する.また,ウイルスタンパク質には TCR 発現を低下させる作用を有するものも知られており,例えばHIV が有する NEF タンパク質は,CD3 ζと結合して TCR を内在化させることで,TCR 発現を低下させる ( 図 2)4).そこで本研究では,ユニバーサル CAR-T 細胞開発にウイルス由来タンパク質の性質を応用できると考え,免疫逃避に関わるこれらのタンパク質群の遺伝子レベルでの導入により,アロ免疫機構から逃れられる CAR-T 細胞を作製することを目指した.同時に,NK 細胞の回避法として,現在臨床試験での検討が進んでいる HLA-E の発現が有効であるかどうかについても検証を行うこととした.図 1.ユニバーサル CAR-T 細胞の開発にあたり,アロ免疫制御 (GVHD, HVG) が必要である.これまでの研究では,ゲノム編集を用いて TCR,HLA を遺伝子レベルでノックアウトするアプローチが取られていることが多い.― 186 ―different approach is required to develop universal CAR-T cells with long-lived potential equivalent to autologous CAR-T cells.
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