はじめに膠芽腫 (glioblastoma) は脳腫瘍の中で最も予後不良であり,標準治療である手術,化学療法,放射線治療を行った場合の生存期間中央値は 2 年未満である.さらに,再発膠芽腫に対する有効な治療法は確立されていない.近年注目されている免疫チェックポイント阻害薬についても,膠芽腫においては他がん種のような有効性は示されなかった.膠芽腫の治療抵抗性の要因として,中枢神経系ゆえに外科的切除が困難であること,個々の腫瘍細胞の heterogeneity などが報告されているが,我々は,脳腫瘍特有の免疫抑制型腫瘍微小環境が関与していることを報告してきた 1-3).ウイルス製剤を用いた免疫療法は,2015 年に悪性黒色腫に対して米国 FDA で承認となった新規治療である.脳腫瘍に対しても国内外で臨床試験が実施されている 4, 5).我々は,岡山大学で開発されたアデノウイルス製剤 ( 非増殖型アデノウイルスに,がん抑制遺伝子 REIC/Dkk-3 を搭載した Ad-REIC 製剤 ) を用いて,膠芽腫に対する治療開発を進めてきた 6, 7).特に,2019 年からは,再発悪性神経膠腫に対する第Ⅰ / Ⅱ a 相医師主導治験 (jRCT2063190013) を実施した.一方,ウイルス製剤を用いた免疫療法は強い抗腫瘍免疫を誘導するが,腫瘍微小環境における詳細な機序は解明されていない.本研究では,Ad-REIC 製剤による腫瘍微小環境への影響を解明することで,難治・希少癌である膠芽腫に対する治療開発を行うことを目標とした.実験方法1. in vitro における Ad-REIC 製剤の検証ヒト膠芽腫細胞およびマウス膠芽腫細胞を用いて,in vitro における Ad-REIC の効果を検証した.Ad-REIC は第 1 世代である Ad-CAG-REIC および第 2 世代である Ad-SGE-REIC を用いた.また,正常細胞への毒性を評価するため,normal human astrocyte (NHA) を用いて評価を行った.2. in vitro における Ad-REIC 製剤の検証マウス膠芽腫細胞を用いて担腫瘍マウスモデルを作製し,Ad-REIC の効果を検証した.結果及び考察第 1 世代製剤である Ad-CAG-REIC は,CAG プロモーターの下流に REIC/Dkk-3 遺伝子を搭載したウイルス製剤である.一方,第 2 世代製剤である Ad-SGE-REIC 製剤は,さらに 3 つの enhancerを結合させることで,REIC/Dkk-3 遺伝子の発現を増強すべく設計されたウイルス製剤である(図 1).Western blotting では,Ad-SGE-REIC 製剤により強い REIC/Dkk-3 遺伝子の発現誘導が認められた.膠芽腫においては,がん抑制遺伝子 REIC/Dkk-3 は発現が低下している.ヒト膠芽腫細胞およびマウス膠芽腫細胞を用いて抗腫瘍効果を検証したところ,Ad-SGE-REIC は,Ad-CAG-REIC と比較して有意に強い殺腫瘍効果を示した.一方,NHA に対する殺細胞効果は認めなかった.次に,in vivo において担腫瘍マウスモデルを用いた解析を実施した.Ad-CAG-REIC 群(生存期間中央値 47 日)は,コントロール群(生存期間中央値 36 日)と比較して生存期間の延長を認めた.一方,Ad-SGE-REIC 群(生存期間中央値 103 日)では更なる生存期間の延長が得られ,かつ長期生存する個体を認めた.― 150 ―
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