はじめに聴覚恐怖条件付けは,音刺激や電気ショックの秒スケールの時間制御が容易であり,行動と神経活動の対応付けによく利用される.しかし,睡眠や消去トレーニングを通じた長期的な記憶処理のメカニズムは依然として不明である.本研究では,恐怖条件付け直後の 6 時間の断眠が遅延条件付け(海馬非依存的)およびトレース条件付け(海馬依存的)の記憶消去に与える影響を解析した.また,社会認知機能を評価するため,観察恐怖学習を確立した.前頭前皮質は多脳領域からの情報を統合する役割を持ち,睡眠がこれらの領域間の同期を促進することで記憶を定着させると考えられる.しかし,従来の手法では脳領域間の動的相互作用を詳細に解析することが困難であった.そこで本研究では,自由行動マウスにおいて,学習および睡眠時の前頭前皮質の多脳領域情報統合を計測するためのマルチファイバーフォトメトリーシステムを確立した.実験方法1. マウスの恐怖条件付け課題音刺激と電気ショックを組み合わせた聴覚性恐怖条件付けを行い,その後,音提示のみを繰り返す消去トレーニングを実施した.海馬が睡眠時の記憶固定化に重要であることから,海馬依存性の異なる以下の 2 つのプロトコールを用いた.• 遅延条件付け(海馬非依存的): 30 秒の音刺激の最後に電気ショックを提示• トレース条件付け(海馬依存的): 10 秒の音刺激の後に 20 秒間のインターバルを置いて電気ショックを提示また,隣接するボックスにおける他者の電気ショック体験と音刺激を連合させる観察恐怖学習も行った.2. マルチファイバーフォトメトリーによる前頭前皮質投射細胞の活動計測逆行性アデノ随伴ウィルスを用いて前頭前皮質へ投射する神経細胞に Ca2+ インディケーター(jGCaMP8s)を発現させた.19 軸の光ファイバーバンドルを構築して,前頭前皮質へ投射する神経細胞の活動をその他の大脳皮質領域,海馬,および視床で計測した.自由行動マウスにおいて,トレース条件付け時や睡眠 / 覚醒サイクルにおいて計測した.結果及び考察1. 遅延条件付け• 恐怖条件付け後の 6 時間の断眠は,雄マウスにおいて消去トレーニング後の遠隔想起時の恐怖記憶の再発を抑制した.• 雌マウスでは,恐怖記憶を抑えるために必要な消去トレーニング回数が多かった.断眠により,消去トレーニング後の遠隔想起時の恐怖記憶が抑えられた.2. トレース条件付け• 断眠は雌雄のマウスにおいて,消去トレーニングによる近時恐怖記憶の抑制を促進した.3. 観察恐怖学習• 観察恐怖学習時に Demonstrator が約 60% のすくみ反応を示すのに対して,Observer も約 20% のすくみ反応を生じた.1 日後の最初の音刺激トライアルにおいて,約 40% のすくみ反応を生じた.― 123 ―
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