APPをアデノ随伴ウイルス(AAV)でニューロン特異的に過剰発現すると核の障害による細胞死や炎症が軽減し,逆にshRNAでAPPの発現を減弱させると核の障害による細胞死や炎症が悪化する.細胞での実験と同様に家族性アルツハイマー病で見られる変異型のAPPをマウスのニューロンに導入しても,野生型で見られるような核の障害に対する保護効果は顕著に失われていた.ヒト剖検脳ではアルツハイマー病のニューロンの細胞質には細胞内に異常な核老廃物の蓄積が観察され,核の形態にも異常がみられた.またニューロンあたりのAPPの量も減少していた.以上のことからAPPは核が障害された場合に,その老廃物を細胞外に廃棄することで細胞の恒常性維持に重要な役割を果たしていることが明らかとなり,同時にアルツハイマー病はそのAPPの生理機能の異常によるものである可能性が示唆された.おわりにアルツハイマー病の脳ではアミロイドβの蓄積が見られること,家族性アルツハイマー病の原因遺伝子の1つがAPPであること,アミロイドβに細胞毒性があることを示すエビデンスがたくさんあること,などからアルツハイマー病の原因はアミロイドβの蓄積であると信じられている.一方でアルツハイマー病は今もって魅力的な治療のない難治性疾患であること,高齢化に伴いたくさんの患者さんが罹患していること,そのため医学的社会的にも問題がむしろ増加していること,これらもまた事実である.本研究ではAPPの細胞の核障害に対する顕著な保護作用とそのメカニズムについて報告した.APPは細胞の核が障害された際に,炎症反応の抑制,細胞死の抑制など様々な保護効果を有している.そしてAPPは核由来の廃棄物を細胞外に排出することで,核のそして細胞の恒常性を維持している.しかしこのAPPの機能が失われると細胞は核由来の廃棄物を細胞外に排出することができず,老廃物の細胞内蓄積,炎症反応,そして細胞死に結びつく.アルツハイマーに関連する変異体のAPPはこのような細胞保護効果は顕著に減少している.マウスin vivoにおいても同様の結果であり,AAVを使って内在性のマウスAPPを減少させると,Etoposideの全身投与によるニューロンの障害が顕著に悪化した.マウスにおいてヒトAPPを過剰発現すると,Etoposideの全身投与によるニューロンの障害が抑制されるが,アルツハイマーに関連する変異体のヒトAPPではそのニューロン保護効果は減少した.アルツハイマー廟のヒト剖検脳において,ニューロンの核障害は顕著に増加しており,核の形態も異常であった.ニューロンごとのAPPの量が対照例やパーキンソン病と比べて有意に減少しており,APPの細胞そして生体に対する保護的な効果が失われている可能性が示唆された.私たちの結果と,既存のたくさんあるアミロイドβ仮説との関連は慎重に検証を続けなければならない.培養細胞では細胞の核が障害された際に,アミロイドβは細胞外に排出されており,アミロイドβの細胞外蓄積は細胞障害の原因というよりも細胞障害の結果である可能性もある.あるいはいずれもである可能性もあり,細胞の核が障害された際にアミロイドβの細胞外蓄積が惹起され,そのアミロイドβの細胞外蓄積が細胞毒性をさらに発揮するという悪循環の可能性も想定できる.私たちの結果は革新的だと思うが,いくつかの既報と合致する部分もある.老化細胞除去がさまざまな老化や加齢関連疾患の表現型を改善する可能性が報告されており,アルツハイマー病も老化細胞除去により改善するという論文がある5).核の障害は老化と密接に関係があり,私たちの結果もアルツハイマー病の根底に異常な老化がある可能性を示唆している.またAPP以外の重要な蓄積タンパク質である― 87 ―
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