次に,生体内でのMSCsにおけるRAシグナルの意義を明らかにするため,MSC特異的にRAシグナルが阻害されるマウス(Pdgfra-CreER/R26RAR403マウス)を作製した.本マウスでは,MSCsでdominant negative RARが発現し,MSCs特異的にRAシグナルが阻害される.本マウスを用いてその筋再生過程を調べた.その結果,Pdgfra-CreER/R26RAR403マウスは筋再生に異常を呈し,MSCsにおける細胞自律的RAシグナルが正常な筋再生に必須であることが明らかになった.MSCsにおけるRAシグナルがどのように筋再生に影響を及ぼしているのか調べるため,Pdgfra-CreER/R26RAR403マウス,および,コントロールマウスからMSCsを単離しRNA-seqを行った.Pdgfra-CreER/R26RAR403マウスではMSCs特異的にRAシグナルが阻害されるため,MSCsで標的遺伝子の発現が低下すると考えられたが,予想に反して発現が増加した遺伝子の方が多く見られた.GSEA解析を用いて,MSCsにおけるRAシグナル阻害によって,発現変動する遺伝子群の生物学的意義の理解を図った.その結果,発現低下した遺伝子には筋形成関連分泌因子などが含まれ,また,興味深いことに,発現が増加した遺伝子には炎症関連遺伝子群が高度に濃縮されていた(図2).このことから,MSCsにおけるRAシグナルは,リガンド依存的に標的遺伝子の発現を活性化する古典的シグナル様式だけでなく,リガンド依存的に標的遺伝子を抑制する非古典的シグナル様式もとっており,前者によって筋再生をポジティブに制御する遺伝子の発現が誘導され,後者によって炎症関連遺伝子の発現が抑制されていると考えられた.図2. RAシグナル阻害マウス由来MSCsで発現変動する遺伝子のGSEA解析Pdgfra-CreER/R26RAR403マウスのMSCsで炎症関連遺伝子群が高発現していたことから,MSCsにおける細胞自律的RAシグナルが炎症の制御に関連すると考えた.そこで,筋再生に重要な役割を果たす炎症細胞であるMΦsの動態を精査した.その結果,コントロールマウスでは起こる炎症性MΦsから抗炎症性MΦsへの転換が,Pdgfra-CreER/R26RAR403マウスでは著しく阻害されていた.Pdgfra-CreER/R26RAR403マウスを用いた実験では,MSCsにおける細胞自律的RAシグナルの機能を生体内で解析できる一方で,RAシグナルが阻害されたMSCsが直接MΦsに影響を及ぼしている― 64 ―
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