― 62 ―はじめに骨格筋は優れた再生能を有した組織であるが,種々の病態下では再生不全を呈し,筋の萎縮や機能低下が起こる.骨格筋の再生において中心的役割を果たすのが,幹細胞として機能する筋衛星細胞である.筋衛星細胞は筋線維の表面に付着している単核細胞で,筋線維が損傷を受けると活性化し,増殖,分化して新たに筋線維を生み出すことで骨格筋を再生させる.マクロファージ(MΦs)は筋再生において,筋衛星細胞と並び重要である.MΦsを欠損させると再生が著しく阻害されることが示されており,MΦsによる急性の炎症は筋再生に必須である.一方,炎症は収束しなくてはならず,MΦsの炎症性から抗炎症性への転換が必要となる.炎症性MΦsは筋衛星細胞の増殖を促進し,抗炎症性MΦsは筋分化を促進する.このMΦsの制御は重要で,筋疾患や老化などでは持続する炎症によって再生が障害される1, 2).筋再生過程におけるMΦsの表現型の転換時に,MΦsの内部で起こる変化は研究されてきているが,MΦsの表現型を上流で制御する機構については,ほとんど理解が進んでいない.我々は,これまでに,骨格筋の間質に間葉系間質細胞(Mesenchymal Stromal Cells: MSCs)を発見し3),本細胞の生体内における役割について研究してきた.MSCsは筋衛星細胞とは異なる細胞で,筋線維に分化する能力はないが,周囲の細胞に作用し,筋再生の制御に重要な役割を果たすことが明らかとなっている4).一方で,MSCsが脂肪細胞や線維芽細胞に分化することで,骨格筋の脂肪化や線維化といった病的変性の元となることも明らかにしている3, 5).このMSCsが持つ筋再生を支持する特性と,病的変性を引き起こす特性の二面性について研究する中で,MSCsにおける細胞自律的レチノイン酸(Retinoic Acid: RA)シグナルが,再生を支持する機能の獲得に必要であることを見出した.そこで本研究では,MSCsにおける細胞自律的RAシグナルの機能解析を行い,MSCsによる筋再生の制御メカニズムに関して新たな知見を得ることを目的とした.実験方法・MSCs特異的な細胞自律的RAシグナル阻害マウスの作製MSCsにおける細胞自律的RAシグナルの機能を明らかにするため,MSCs特異的な細胞自律的RAシグナル阻害マウスを作製した.MSCs特異的なマーカー遺伝子であるPdgfra(Platelet-derived growth factor receptor alpha)のプロモーターによってCreERの発現が誘導されるマウス(Pdgfra-CreERマウス)と,Cre組み換え酵素の働きによってRA受容体(RAR)のdominant negativeフォームが発現するマウス(R26RAR403マウス)を交配した.これによって,タモキシフェン依存的にMSCsで特異的にRAシグナルが阻害されるマウス(Pdgfra-CreER/R26RAR403マウス)が作製される.交配時に得られる同腹子の内,Pdgfra-CreERアレルを持たない個体(WT/R26RAR403マウス)をコントロールマウスとして用いた.Pdgfra-CreERマウスにより誘導される組み換えのMSCsに対する特異性は既報により確認されている6).・筋再生実験Pdgfra-CreER/R26RAR403マウス,および,コントロールマウスの前脛骨筋にCTX(cardiotoxin)を筋注することで,筋再生を誘導した.筋再生過程において,タモキシフェンを投与し,MSCs特異的なRAシグナルの阻害を誘導した.
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