図1. 本研究の概要― 53 ―はじめに細胞系列の運命決定は,系列特異的なマスター転写因子の発現によって制御されると考えられてきた.しかし,我々の最近の研究成果から,発生段階によって発現量の変化しない転写因子が,発生段階特異的なゲノム領域に結合し,ターゲット遺伝子をダイナミックに変化させる事で免疫細胞の運命決定をコントロールしていることがわかってきた1).本研究では,リンパ球前駆細胞がNotchシグナル依存的にT細胞へ分化するシステムをモデルとして,これまで注目されてこなかった,発現量の変化しない転写因子の時空間特異的な転写因子複合体の再構築とゲノム上の再配置 (functional conversion)による細胞系列決定の制御メカニズムの解明,及びその破綻によって誘導されるT前駆細胞の腫瘍化の分子メカニズムに基づいた新規治療戦略の創出を目指した.骨髄に存在するリンパ球前駆細胞(Lymphoid progenitor; LP)が胸腺へ移入しNotchシグナルを受け取ることでT細胞分化プログラムがスタートする.T前駆細胞はいくつかの発生段階を経て,成熟T細胞へと分化する (図1).T細胞の初期発生において多くの転写因子の発現プロファイルがダイナミックに変化するが,特定のマスター転写因子は存在しないと考えられている1).RUNX転写因子はLPから成熟T細胞に至るまで恒常的に発現し,各発生段階でステージ特異的な役割を果たすことがその遺伝子欠損マウスの解析から示唆されていた.我々は,後述するCas9発現LP細胞株などを用いて,T前駆細胞において発生段階特異的,且つacuteにRUNX機能欠損を誘導する方法を独自に確立し,T前駆細胞におけるRUNXの機能欠損が発生段階特異的な転写制御ネットワークの破綻を誘導し,T細胞分化が障害される事を明らかにしてきた2).さらに我々は,転写因子複合体のプロテオミクス解析を手がかりにマルチオミクス解析を行うことで,T細胞の初期発生を制御する転写因子群の作用機序について明ら
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