― 36 ―はじめにヒトの細胞1個に含まれるDNAは,約2メートルもの長さになる.この極めて長い分子は,5から10マイクロメートルほどの小さな核内に収められ,様々な大きさや形状を持つクロマチン高次構造を形成する5).しかし,これらクロマチン高次構造の形成の仕組みやその機能については不明な点が多く残されている.樹状細胞は,ウイルスなどの病原体やがん細胞に対する免疫応答において司令塔とも呼ばれる重要な細胞である6).樹状細胞が十分に産生されない場合,病原体に感染しやすくなり,がん細胞の排除を十分に行うことができなくなる.そのため,我々の体の中で樹状細胞がどのように産生されるのかを理解することは極めて重要である.実際,樹状細胞を発見したラルフ・スタインマン博士は2011年にノーベル生理学・医学賞を受賞している.樹状細胞は骨髄に存在する造血幹細胞に由来する 7).造血幹細胞は複数の前駆細胞段階を介して樹状細胞を産生することが知られており,このような細胞分化の過程において樹状細胞に特徴的な遺伝子発現パターンが形成される.そのためには,転写因子と呼ばれるDNA結合性のタンパク質が,ゲノムDNAの「エンハンサー」と呼ばれる遺伝子発現を制御する領域に結合する必要がある1).エンハンサーは遺伝子から離れて存在する場合も多く,エンハンサーが遺伝子の発現を調節するにはクロマチン高次構造の変化を介して遺伝子と物理的に近接する必要がある.そのためエンハンサーによる遺伝子発現制御機構を理解するにはクロマチン高次構造の解析が必須である.しかし,樹状細胞が生体内で分化する過程において,クロマチン高次構造がどのように変化するのかについては全くわかっていなかった.芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍(BPDCN)は形質細胞様樹状細胞及び樹状細胞前駆細胞に由来すると考えられている稀な腫瘍である(造血器腫瘍全体の0.5%)8).極めて予後が悪く標準治療も定まっていないため,有効な治療法の開発が求められている.共同研究者の須田らはBPDCNについて包括的な解析を行い,より悪性度の高い腫瘍細胞ではRNAのスプライシング制御に関わるPRMT5や転写因子MYCの発現が亢進していることを示した9).PRTM5やMYCの発現は核構造やエピゲノムに大きな変化を及ぼすことが知られており10, 11),これらの因子がBPDCNにおいてクロマチン高次構造変化を誘導することで腫瘍の悪性化に関与することが示唆される.本研究では,樹状細胞分化におけるゲノム規模でのクロマチン高次構造変化とその制御機構を解明し,血液学的知見を得るのみならず,細胞分化の基本原理に迫る.さらにBPDCNにおけるクロマチン高次構造を解析することで,腫瘍形成の分子基盤を理解する.実験方法マウスC57BL/6背景の野生型およびIrf8−/−マウス(8週から10週齢)12)を使用した.感染実験Toxoplasma gondii(Pru株)は,ヒトの線維芽細胞を用いて維持した.104隻のT. gondiiをPBSに懸濁し,マウスに腹腔内投与した.
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