他のCDKに比して分子量が大きく,その分子構造の2/3を天然変性領域(Intrinsically disordered region, IDR)と呼ばれる,液-液相分離に基づいて液滴構造を形成する際に重要な領域が占めている.実際,CDK12は核内で核スペックルと呼ばれる液滴構造と共局在するが,こうした核スペックル内でCDK12が果たす機能,また,核スペックルに局在しないCDK12が果たす役割などはこれまで明らかにされていない.これは,CDK12の安定ノックアウト細胞の樹立が困難であり,さらに得られた安定細胞株ではCDK12機能に依存しない細胞となってしまっているため,変異体を強制発現しても,その機能解析が困難なためである.そこで,CRISPR-Cas9システムを用いて,CDK12遺伝子の5’末側にFKBP12F36V (dTAG)を挿入・付加した膵癌細胞株を複数樹立した.さらに,dTAGに対するタンパク分解誘導薬(dTAG13)を添加することで,内因性CDK12を急速分解できること(具体的には,dTAG13投与2時間後で85%以上のCDK12分子が消失),これに伴い,CDK12阻害剤と同様の抗腫瘍効果が得られることを確認した.重要なことに,こうした内因性CDK12の急速分解による抗腫瘍効果(DNA損傷・アポトーシス誘導)はbasal型膵癌で強く認める一方で,classical膵癌では観察されなかったことから,CDK12阻害剤による抗腫瘍効果をよく再現しているものと考えられた.続いて,CDK12急速分解による抗腫瘍効果が,CDK12分子のどの部位/機能の喪失によるものかを明らかにするために,内因性CDK12の急速分解と同時に,CDK12の各種変異体の強制発現によるレスキュー実験を試みた.まず,野生型CDK12の強制発現によって,dTAG13投与による内因性CDK12の急速分解によるDNA損傷・アポトーシス誘導が抑制されることを確認した.続いて,CDK12のキナーゼ活性喪失変異体(KD),天然変性領域欠損変異体(ΔIDR)を含む複数の変異体の強制発現でも同様の実験を行ったところ,KD変異体ではrescueできないが,天然変性領域の欠損変異体では野生型と同様に,内因性CDK12分解による細胞死をrescueできることが判明した.このことから,CDK12阻害による膵癌細胞に対する抗腫瘍効果の中心は,そのキナーゼ活性の喪失であること,そしてそのキナーゼ活性の標的は,核スペックルのような核内液滴構造の外部にあることが示唆された.おわりに本研究ではCDK12の分子動態・機能を時間/空間的に高い解像度で解明するため,ゲノム編集により内因性CDK12分子を選択的かつ急速に分解可能な細胞を樹立した.さらに,内因性CDK12分解と同時にCDK12変異体を薬剤誘導性に発現させることで,内因性CDK12分子による機能代償を受けずに,CDK12変異体の表現型の解析を可能にした.研究開始当初は,核スペックルという液滴状態で存在するCDK12が,核スペックル内部で標的基質をリン酸化することが膵癌細胞の生存に不可欠である,という仮説を立てていたが,本検討の結果から,CDK12阻害剤のbasal型膵癌に対する抗腫瘍効果は,非液滴状態で存在するCDK12のキナーゼ活性の喪失によってもたらされることが明らかとなった.興味深いことに,CDK12は,細胞周期の特定の時期においては主に非液滴状態として存在することを見出しており,このことから,細胞周期の特定の時期におけるキナーゼ活性がbasal型膵癌の生存に不可欠なのではないか,と考えている.現在,細胞周期を同期し,細胞周期の特定の時期においてCDK12を急速分解することで,細胞周期のどの時点におけるキナーゼ活性の喪失が抗腫瘍効果に重要であるのかを検討中である.― 257 ―
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