コヒーシン (赤色)は,ゲノムの高次構造を調節し,遺伝子発現を制御している.本研究では,コヒーシン欠損マウスを用いて,ゲノムの立体的な構造を制御する機構が破綻した場合に生じる組織学的な変化を解析した.― 240 ―はじめにクロマチンの構造は,染色体テリトリー,A/Bコンパートメント,トポロジー的に会合したドメイン,クロマチンループなど,マルチスケールの3次元構造に組織化されている.このような階層的に組織化されたクロマチン構造は,遺伝子の転写を制御し,ひいては脳の発達過程における様々な生物学的プロセスに不可欠である.申請者は,染色体に結合するマルチサブユニットタンパク質であるコヒーシン複合体の脳発生における役割に焦点を当て,脳機能とクロマチンの立体的な構造変化の関連について研究を進めてきた1,2).コヒーシン複合体は,Smc1,Smc3,Scc1,Scc3の4つのサブユニットから構成されている.コヒーシンは特定の遺伝子座にクロマチンループを形成することでクロマチン構成に関与し,有糸分裂後の細胞で遺伝子発現を制御していることが示されている.クロマチンループの形成は,エンハンサーとプロモーターの相互作用を変化させ,転写状態に影響を与える.コヒーシンまたはコヒーシンを制御するタンパク質の機能を破壊する変異は,精神遅滞,四肢の異常,特徴的な顔貌を特徴とする稀な奇形症候群であるコルネリア・デ・ランゲ症候群(CdLS)を引き起こすことが報告されている.分化後の細胞におけるコヒーシンの潜在的役割を調べるため,申請者らはSmc3コンディショナルノックアウトマウスを作製した.中枢神経系において,コヒーシンの機能が低下したマウスを独自に作成し,染色体高次構造に変化がもたらされた結果,遺伝子発現調節に破綻を来たし,中枢神経機能に異常がもたらされるのではないかという仮説を検証し,中枢神経系の発達におけるゲノム高次構造制御の重要性を明らかにすることを目指した.図1. コヒーシンの機能欠損が、ゲノム高次構造の破綻を介して中枢神経発達障害を引き起こすその結果,Smc3ヘテロマウスの頭蓋顔面異常と,大脳皮質神経細胞におけるスパイン密度の低下
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