図1. 本計画研究の中心となる学術的な問い― 233 ―はじめに骨格筋の構成単位である筋線維は,運動に伴う筋収縮・弛緩により絶え間ない物理的刺激にさらされている.骨格筋線維は成体でも極めて高い再生能を有しており,過剰な力負荷に伴う筋線維へのダメージに応じて筋線維を新生することで,骨格筋機能のみならず全身の恒常性を維持している1).筋線維の再生過程は,(i) 筋幹細胞から筋芽細胞へ運命決定,(ii)筋芽細胞同士の細胞融合を介した融合体(筋管)の形成,(ii) 筋管の伸長による筋線維への成熟 に大別される.近年,細胞に対して掛かる物理的な力が,様々な細胞現象,器官形成,ひいては器官の機能に重要な役割を果たすことが明らかになりつつある.特に細胞膜に掛かる物理的な力は膜張力により活性化されるいわゆる「機械受容イオンチャネル」によって感知され,細胞内のイオン動態変化を通じて機能発現に至ることから,物理的な力を化学的な信号へと変換する過程が注目を集めている2).これらの研究動向とともに,細胞融合過程前後で,細胞−細胞間にて物理的な力が付加されること3)に着想を得て,我々は筋管形成時における力感知機構の役割に着目した.その結果,膜張力など物理的な力を感知する細胞力覚機構のひとつPIEZO1イオンチャネルは,脂質動態の制御のもと,秩序だった筋管形態の決定に関わることを見出した(図1)4).一方で,我々は筋再生の根源ともいえる骨格筋幹細胞がいかに活性化されるのかということに興味を抱いた.骨格筋幹細胞の活性化には「幹細胞が,筋線維の収縮・弛緩に基づく物理的な変化を感知する」ことが重要であるという仮説が提唱されてきたが,その分子実体をはじめ,筋幹細胞への寄与の全容は未だ明らかではない.そこで本研究では,骨格筋線維の再生過程における,物理的な力感知に関わるイオンチャネル群をはじめ,細胞力覚機構の役割解明を通じ,細胞力覚機構がいかに幹細胞の機能調節を行い,筋再生過程を統御し筋恒常性を維持するか解明を目指す.これまで申請者の研究結果1,4) をさらに発展させ,「PIEZO1のみならず,物理的な力を感知する様々な「細胞力覚(メカノセンサー)」が協働的に機能し,筋幹細胞の機能,すなわち骨格筋線維の再生をもたらす」という作業仮説の実証・深化を目指した(図1).
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