図1. がん微小環境におけるがん細胞と免疫細胞との双方向的制御― 212 ―はじめにがん細胞は細胞傷害性T細胞の機能抑制分子PD-1のリガンドであるPD-L1を高度に発現することで,T細胞による免疫監視と排除を抑制することが明らかにされ,この機構に着目したPD-1/PD-L1系の阻害抗体がいわゆる免疫チェックポイント阻害剤として多様ながんの治療に有効であることが明らかにされている(図1).一方,がん細胞がマクロファージ(MΦ),樹状細胞(DC)などの自然免疫系細胞に対してはいかに振る舞い,がんの免疫監視と排除を回避するのかその分子機構は不明であった.これに対して,私共は,がん細胞が細胞間シグナルCD47-SIRPα系を利用してMΦなどの自然免疫系細胞を制御することで,がんに対する免疫監視と排除を回避する機構を明らかにしつつある(図1).免疫グロブリンスーパーファミリー分子であるSIRPαは,リガンドであり5回膜貫通型分子であるCD47と細胞間シグナル系を形成する(図2).私共は,赤血球や血小板などに発現するCD47がMΦ上に発現するSIRPαに結合することにより,SIRPαの細胞内領域に結合する細胞質型チロシンホスファターゼであるShp-1を活性化し,MΦによるこれらの血球貪食を強く抑制することを明らかにしていた(図2A).私共は,さらにMΦによるがん細胞の貪食・排除の制御においてCD47-SIRPα系が重要であると考え検討を行った結果,CD47-SIRPα結合を阻害する抗SIRPα抗体が,MΦによるがん細胞の抗体依存性細胞貪食(ADCP)を高め,リツキシマブ(抗CD20抗体)など抗体医薬による腫瘍排除を増強することを明らかにした.この結果から,がん細胞はCD47を高度に発現しSIRPαに作用することで,MΦの貪食を負に制御し,貪食細胞によるがん細胞の排除を回避する機序が強く示唆された(図2B左).さらに,CD47-SIRPα結合を阻害する抗SIRPα抗体が,リツキシマブなど抗体医薬の効果を増強する新規の作用機序を持つ抗腫瘍剤として利用できることを明らかにし(図2B右),すでに製薬企業と共同開発した抗ヒトSIRPα抗体の臨床試験が開始されている.そこで,本研究では,私共が独自に見出しているがん細胞によるCD47-SIRPα系やその関連分子を介した自然免疫系ならびに免疫システム全体の制御機序をより明らかにすることにより,がん細胞による腫瘍免疫制御機構をより深く理解することを目的とした.
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