る.がん免疫療法は,免疫チェックポイント阻害剤の成功により,がん治療の第4の柱として臨床現場でも重要な地位を占めるに至っている.しかし,免疫チェックポイント阻害剤の治療効果は,抗腫瘍免疫応答の活性化に依存しているため,治療効果には個人差がある.その原因として,発がんやがんの進展過程での免疫系の関わりが,患者ごとに異なり,免疫的にホットおよびコールドと呼ばれるがん組織の微小環境(がん微小環境)における免疫反応の違いが重要な役割を果たしている.特に,免疫的にコールドと呼ばれるがん微小環境を持つ患者では十分に抗腫瘍免疫応答が活性化されないことが大きな課題である.この様な患者に対してがんワクチン療法が期待されている.がんワクチン療法では患者毎に異なるがん抗原を網羅的な遺伝子解析を基に適切に予測することが重要となるが,がん細胞が持つ遺伝子変異のうちCD8+ T細胞の標的抗原となりうるものは極めて限られていることから,患者毎の予測は困難を極め,共通抗原の存在が希求されている.一方,ウイルス感染予防におけるワクチン投与では抗体による液性免疫に加え,細胞傷害性CD8+ T細胞を中心とした細胞性免疫が誘導されることが重要な鍵となるが,SARS-CoV-2 mRNAワクチンはSARS-CoV-2特異的抗体産生とともにSARS-CoV-2特異的CD8+ T細胞を誘導することが報告されている1).本研究では,SARS-CoV-2 mRNAワクチン投与により誘導される細胞性免疫を詳細に解析し,抗腫瘍免疫応答に活用する新規がん免疫療法の可能性について検討した.実験方法SARS-CoV-2特異的CD8+ T細胞応答を解析するため日本人に代表的なハプロタイプHLA-A*02:01およびA*24:02(これらの2つで日本人の約70%を占める)に着目し,SARS-CoV-2 スパイクタンパク質配列からHLA-A*02:01およびA*24:02拘束性CD8+ T細胞エピトープをin silicoで予測した(図1).HLA-A*02:01およびA*24:02を保有するSARS-CoV-2 mRNAワクチン接種者(健康人)の末梢血単核細胞(PBMC)からCD8+ T細胞を単離し,各々HLA-A*02:01またはHLA-A*24:02拘束性SARS-CoV-2スパイクタンパクエピトープ(ペプチド)で刺激し,サイトカイン産生をフローサイトメトリーにより解析した.次に,サイトカイン産生を誘導したSARS-CoV-2スパイクペプチドをもとにペプチド/MHCマルチマーを作製し,SARS-CoV-2特異的CD8+ T細胞の同定を試みた.同様に,HLA-A*02:01およびA*24:02を保有する肺がん患者検体においてもSARS-CoV-2ワクチン接種後のSARS-CoV-2特異的CD8+ T細胞について検討した.結果及び考察HLA-A*02:01またはA*24:02を持つSARS-CoV-2 mRNAワクチン接種者のCD8+ T細胞を予想されるSARS-CoVS-2スパイクタンパクエピトープ(ペプチド)で刺激しIFN-γおよびTNFα産生を解析した結果,ペプチド刺激によりCD8+ T細胞が活性化し,とりわけ,HLA-A*02:01をもつCD8+ T細胞はSARS-CoV-2-S269 (YLQPRTFLL)ペプチド,また,HLA-A*24:02ではSARS-CoV-2-S448 (NYNYLYRLF)ペプチドにより強い反応を示すことが明らかとなった(図2).次に,高い反応性を示したSARS-CoV-2-S269ペプチドおよびSARS-CoV-2-S448ペプチドについてペプチド/MHCマルチマーを作製し,これらを用いて解析した結果,S269またはS448ペプチド刺激により誘導されるSARS-CoV-2ペプチド特異的CD8+ T細胞が同定された(図3).また,HLA-A*02:01およびA*24:02を持つ肺がん患者検体を用いた解析においても,健康人同様にS269およびS448ペプチド刺激によ― 208 ―
元のページ ../index.html#210