簡単に触媒してしまう.生合成は,一般に多段階にわたる連続反応を「緻密に」「正確に」「短時間で」「効率的に」行う.このことは同時に,“反応性が高く”“寿命が短く”“手に取り出せない”各種中間体や遷移状態が数多く含まれることを示唆しており,これらの単離・構造決定や生合成機構の全貌解明が非常に難しいことを示している.天然物の巧みな『ものづくり』の仕組みを解き明かし,目的に応じて改変することができれば,有機化学・天然物化学における学理・学術的な成果としてはもちろん,創薬・物質創製に強力なツールをもたらすに違いない.本研究では,計算科学的手法を基盤として,当研究グループが独自に開発してきた『遷移構造解析』『反応経路解析法』などを駆使して,未解明生合成経路の理論解明を行っています.「多段階連続反応」「触媒反応」である生合成の経路解析・反応機構・遷移状態を正確に理解することで,酵素・生合成経路を再設計・改変し,領域内の様々な実験グループとの共同研究を通じて,天然には存在しない未踏天然物の創出を目指し研究を展開している.おわりにこの15年間は,成熟したと考えてきた『科学と技術』が“想定外”の出来事の前では如何に脆弱だったかを思い知らされた時代でもありました.新型感染症は数年間にわたり甚大な影響を与え,我々の生活を一変させました.巨大地震や気候変動に端を発する自然災害にも「これまでの常識」は太刀打ちできないことを経験しました.見かけは立派でも基礎がしっかりしていない科学技術は脆弱である.化学は現存する課題解決や効率を目指す研究だけにとどまらず,常に新しい物質・価値・基礎を創り出すための大きな役割を担ってきました.「ものづくり」を通して,常に生命科学・物質科学に新たな分子・ツールを提供してきました.しかしそれだけに,化学で何をやるか(テーマとして選ぶか)はいつも悩ましい.基本概念は明らかで技術的な開発が求められる分野もあれば,基本概念も確立されていない本当にミステリアスで謎に包まれた分野もある.前者は目標が明確で社会にも役に立つ(ことが多い)ため,説明もしやすいし,研究費もサポートが得やすい.後者は,常にお蔵入りの危険性と隣り合わせで,説明しても分かってもらえないことも少なくなく,いつも独りぼっちで危うい.どちらかといえば後者に属する本研究は,申請者が切り拓いてきた「理論と実験の協奏研究」のスタイルにより,未知化学空間に“手探り”で挑んだものである.しかし,本研究を通じて,先人とは少し変わった見方で,未開の地に勇気を持って踏み出すだけで,新しい構造・結合・分子・反応・理論・テーマがまだまだ拡がっていることを実感した.科学のブレークスルーは,想定外の結果への許容と従来の枠組みを超えた柔軟な発想と深い考察によって生みだされてきた.こうした「非常識への挑戦」をサポートくださった貴財団に深謝いたします.謝 辞本研究を遂行するにあたり,公益財団法人 中外創薬科学財団から多大なご援助をいただきました.ここに心より感謝の意を表します.また,引用文献に記載の共同研究者の先生方・皆様には始終有益なご助言,多大なるお力添え,温かい励ましのお言葉を頂き,学生諸氏は熱心に研究を進めてくださいました.この場を借りて,全ての皆さまに心より感謝申し上げます.― 18 ―…
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