中外創薬 助成研究報告書2023
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本研究では,変異クローンによる正常子宮内膜組織のリモデリングが,子宮内膜症関連卵巣がんにおけるfield cancerization形成に関与しているという仮説を検証する.子宮内膜症関連卵巣がんの発症に関連するfield cancerizationの特徴を明らかにすることで,発がん機序の解明やがんの予防・早期発見,治療法開発につながると期待される.実験方法本研究では,子宮内膜症関連卵巣がんの発症に関連するfield cancerizationの特徴を明らかにする研究の第一歩として,子宮内膜基底層における体細胞変異の空間的増殖によって組織のリモデリングに関わる地下茎構造の機能的特性を理解するため,子宮内膜の層別トランスクリプトーム解析を行った.生殖年齢にある10人の女性から採取した正常子宮内膜の凍結組織切片を用い,筋層からの距離に基づいて基底層,機能層,表層に分け,各層における上皮成分と間質成分をレーザーマイクロダイセクション法で選択的に採取した.レーザーマイクロダイセクション法で採取した微量検体から高質なRNAを抽出する実験系を確立した.RNAのクオリティはAgilent Bioanalyzer 2100のRNA pico kitによって測定し,RIN値(RNA Integrity Number)が8以上の検体をトランスクリプトーム解析に用いた.次世代シーケンサーの鋳型調整にはクロンテック社のSMARTer Stranded RNA-Seq Kitを用い,Illumuna NovaSeq 6000を用いて超高深度シーケンシングを行った.正常子宮内膜組織の各層における分子表現型を特徴づけるためのバイオインフォマティクス解析を行った.結果及び考察遺伝子発現プロファイルに対して主成分分析を行ったところ,同じ上皮細胞でも採取した層に応じて遺伝子発現パターンが異なることが分かった.まず,表層上皮は機能層上皮および基底層上皮(地下茎構造)と異なるクラスターを形成し,遺伝子発現パターンに顕著な差異があることが分かった.一方,機能層と基底層は連続した上皮組織であるため全体的に類似した遺伝子発現パターンを示すものの,両者の間で発現量に統計学的に有意な差異が認められる遺伝子群が検出された.興味深いことに,幹細胞/前駆細胞マーカーであるSOX9やAXIN2が基底層上皮において高発現していた.さらに,エストロゲンレセプターやWntシグナリングに関わるパスウェイに属する遺伝子群についても基底層上皮において発現量が有意に高かった.この結果から,子宮内膜基底層に存在する地下茎構造が幹細胞や前駆細胞のニッチとして機能しており,⽉経周期に応じた子宮内膜の組織再生に寄与していることが示唆された.また,基底層上皮(地下茎構造)において発現レベルが高い遺伝子リストを精査したところ,子宮内膜上皮幹細胞のマーカー候補となる遺伝子を見出した.当該遺伝子は子宮体がんにおいて高頻度に変異している遺伝子であることから,子宮内膜基底層(地下茎構造)におけるステムネスの維持に関わるパスウェイに異常をきたすことが悪性化に関与している可能性が示唆された.おわりに本研究では,子宮内膜の層別トランスクリプトーム解析により,地下茎構造を特徴づける分子としてWntシグナル制御やステムネス維持に関わる遺伝子群を同定することができた.子宮内膜症関連卵巣がんの発症に関連するfield cancerization探索の第一歩として,卵巣がんや子宮内膜症を発症していない女性の子宮内膜を対象とした解析を行ってきたが,これら疾患の罹患者の子宮内膜では,地― 161 ―

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