請者は,様々ながん種の治験検体を含めた臨床検体を解析し,がん細胞側の腫瘍遺伝子異常がCD8陽性T細胞やeTregに直接的に与える影響を明らかにしてきた.RHOA変異胃癌では脂肪酸合成の経路が亢進し,腫瘍局所においてeTregの生存・機能に有利な低糖高脂肪酸環境が形成され,がん免疫治療耐性を示し,PI3K阻害剤を併用することで耐性を解除できることを解明した1).さらにはEGFRを始めとしたERBBシグナルの異常な亢進ががん免疫からの逃避に強く影響を及ぼすことを提唱した2).またPD-1阻害剤治療を実施した進行悪性腫瘍患者の腫瘍浸潤リンパ球の免疫関連分子発現を網羅的に解析してartificial intelligence (AI)を用いて評価したところ,eTreg上のPD-1高発現が治療耐性に関わることを見出した3).PD-1阻害剤治療によりPD-L1からの抑制性のシグナルが解除されPD-1陽性CD8陽性T細胞が活性化し抗腫瘍活性を示すが,PD-1陽性eTregでも同様に,抗PD-1抗体治療により免疫抑制活性が亢進することを明らかにし,抗腫瘍活性を示すCD8陽性T細胞と免疫抑制を示すeTregのPD-1発現のバランスがPD-1阻害剤治療の効果に強く関わり,マルチカラーフローサイトメトリーを用いたバイオマーカーとして極めて有用であることを解明し,臨床導入に向けた企業主導治験に展開した.さらに申請者は,肝転移病変では原発巣と比較して,低酸素状態を介して解糖系が亢進し,最終代謝産物である乳酸濃度が高まり,エフェクターT細胞とは異なる乳酸代謝機構を持つeTregに有意にPD-1発現が高まり抗PD-1抗体治療に耐性を示すことを見出した4).前述の通り,ICI有効性が多くのがん種において示された.しかし,同一のがん種においてもICIに抵抗性を示す群が多く存在する.肺癌においては,高悪性度神経内分泌癌に分類される大細胞神経内分泌癌や小細胞肺癌は予後不良な組織型である.進展型小細胞肺がんに対するPD-1阻害治療単剤では有意な奏功を示さなかった5,6).PD-L1抗体と化学療法の併用治療の有効性が示されているが,現状の併用療法も初回治療においてPD-L1抗体治療を併用することにより無増悪生存期間は1か⽉程度延⻑するにとどまり7,8),小細胞肺癌への免疫療法の効果は未だ十分とはいいがたい.さらには肺原発以外も含めた神経内分泌がん(NEC)に対する免疫療法も検討はされているものの,治療効果は限局的であり有効とはいいがたい9).以上より,小細胞がんやNECは神経内分泌がん特有の性質により免疫療法に抵抗性を有している可能性がある.本研究課題において,小細胞がん,NECなどの神経内分泌物質関連腫瘍において神経伝達物質と免疫細胞の関係性を実際の患者検体を解析し,これらの腫瘍ががん免疫治療抵抗性をもたらす因子をゲノム異常,免疫応答,代謝環境などの観点から明らかにする.がんゲノム異常に加えて小細胞肺がんに特異的な免疫応答の詳細を検討することで,環境に応じてがんが持つ免疫逃避機構を打破する機構を明らかにし,新たな患者層別化バイオマーカーや治療標的を見出し,治験を始めとした臨床試験への導出のための基盤とすることを本研究の目的とする.実験方法本研究開発では,がんゲノム異常,免疫,代謝解析を網羅的に検討し,統合的オミックス解析を実施する.生検から手術検体に至るまで全ての腫瘍サイズに対応した腫瘍微小環境中の1)CD8陽性T細胞や制御性T細胞を始めとした免疫細胞,がん細胞,ストローマ細胞の単離,保存,2)核酸抽出とエクソーム・トランスクリプトーム解析,単離細胞を用いたマルチカラーフローサイトメトリー・シングルセルRNA/TCRシークエンス,メタボローム解析とex vivo培養系による網羅的分子発現,― 149 ―
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