― 134 ―結果及び考察PI(4,5)P2近傍には細胞間接着やエキソサイトーシスに関わるタンパク質が存在するPI(4,5)P2が上皮細胞特性を制御する仕組みを解明するため,上皮細胞内でPI(4,5)P2に近接するタンパク質の探索を実施した.その結果,99種類のタンパク質がPI(4,5)P2に近接するタンパク質として同定された.得られたPI(4,5)P2近接タンパク質の中には,MARCKS,ezrin,cortactin,IQGAP1など,PI(4,5)P2との結合が報告されているタンパク質が含まれており,今回の手法によって,PI(4,5)P2の近傍に存在するタンパク質が得られているものと考えられた.また,得られたPI(4,5)P2近傍タンパク質の中には,上皮細胞の特徴である細胞間接着に関連するタンパク質が多く存在しており,PI(4,5)P2がこれらのタンパク質の機能や局在を制御することで上皮細胞の特徴を維持している可能性が考えられた.また,エキソサイトーシス制御に関わるタンパク質群もPI(4,5)P2近傍タンパク質として得られてきた.PI(4,5)P2はPARD3の形質膜局在を制御するPI(4,5)P2が上皮細胞特性を制御するメカニズムを解明するにあたり,PI(4,5)P2結合タンパク質であるPARD3に着目した.上皮性細胞間接着タンパク質であるE-cadherinの形質膜への輸送において,輸送小胞上に存在するexocyst複合体は重要な役割を果たしており,形質膜に存在するPARD3はexocyst複合体に対する形質膜上の受容体として働くことが報告されている.PARD3の発現抑制時にはPI(4,5)P2を減少させた際と同様に,上皮細胞特性制御において中心的な役割を果たすタンパク質であるE-cadheirnの形質膜局在が抑制されることが報告されていた6).また,PI(4,5)P2の5位のリン酸基を脱リン酸化するホスファターゼであるINPP5Eの酵素活性ドメインに形質膜標的化Lynミリストイル化配列とGFPを付加したもの (Lyn-INPP5E-GFP)をヒト表皮細胞株に安定発現させることにより形質膜のPI(4,5)P2を減少させた際には,PARD3の形質膜局在が抑制されるという結果を申請者らは得ていた.さらに,形質膜のPI(4,5)P2量が少ないヒト骨肉腫細胞株にPI(4,5)P2合成酵素PIP5Kを安定発現させることにより形質膜のPI(4,5)P2を増加させた際には,形質膜にPARD3の強いシグナルが検出されることも見出しており,PI(4,5)P2はPARD3の形質膜局在を制御することが強く示唆されていた.以上のことから,形質膜のPI(4,5)P2はPARD3と結合することで,PARD3を形質膜に局在させ,形質膜に局在したPARD3が輸送小胞上のexocyst複合体と結合することでE-cadherinの形質膜への輸送を促している可能性を考えられた.そこで,この仮説を検証するために,形質膜標的化配列を付加することによりPI(4,5)P2非依存的に形質膜に局在するようにしたPARD3のexocyst結合領域 (Lyn-Par3-V5)をヒト表皮細胞株に安定的に発現させた後,その細胞にLyn-INPP5E-GFPを発現させ,形質膜のPI(4,5)P2を減少させ,上皮細胞特性の喪失が抑制されるかを検討した.その結果,Lyn-Par3-V5を発現するヒト表皮細胞株では,Lyn-INPP5E-GFPの発現により形質膜のPI(4,5)P2を減少させた際にも,細胞間接着タンパク質の形質膜局在や,上皮細胞に特徴的なコンパクトな形態が維持されることが明らかになった.PI(4,5)P2の減少による上皮細胞特性の喪失が,形質膜にPARD3のexocyst結合領域を発現させることにより抑制できることが示唆されたため,PI(4,5)P2は,exocyst複合体に対する形質膜上の受容体としての働くことで輸送小胞の形質膜への係留や融合を促進する働きを持つPARD3を形質膜に局在させることで上皮細胞特性の維持や獲得を促すことが示唆された.
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