ウスやヒトにおいて加齢に伴うトランスクリプトーム変化を明らかにする研究が精力的に進められてきた1, 2).これらの解析により明かされたmRNAの発現プロファイルは細胞の状態をかなりの部分規定する重要な情報であると考えられるが,一方で重要なlimitationを有している事も認識される必要がある.mRNAレベルの変化は必ずしもタンパク質レベルの変化に結びつく訳ではなく,またある組織を見た時にその中でmRNAレベルに変化がなくとも,タンパクレベルでは変化が起こっている場合も存在する.後者はオートファジーやユビキチン-プロテアソーム系などといった転写後調節機構以外にも,血中を介したタンパク質の輸送を介しても起こる可能性があり,ここではこれら全てを引っ括めて転写後調節と呼称する.トランスクリプトームはプロテオームの一部(40%以下)しか説明できないとも報告されており3),またタンパク質レベルの恒常性の破綻が老化の主要なメカニズムの一つであると言われている事を踏まえれば4),特に加齢変化に関してはトランスクリプトームだけでなくプロテオームにおいても情報基盤が確立される必要性が高いと考えられる.実験方法本研究では,主要な哺乳動物実験モデルであるC57BL/6(♂)マウスについて,6, 15, 24, 30ヶ⽉齢マウスそれぞれ4匹ずつの計16匹のプロテオームの加齢変化をTMTラベル標識に基づく16-plex 質量分析により定量比較を行った.解析は,動脈,脳,心臓,腎臓,肝臓,肺,骨格筋,皮膚の8組織の全組織抽出画分(Whole tissue lysate, WTL)に加え,細胞外マトリックスをあまり含まない脳と肝臓,そして少量しか得られない動脈以外の組織については同じ動物の組織粉末を用いてLow-solubility protein-enriched fraction(LSF)のプロテオーム解析も行った.LSFは低濃度SDSバッファーでサンプルをpre-incubationし,可溶性の高いタンパク質を先に溶出させ取り除き,残存した可能性の低いタンパク質を高濃度SDSバッファーに溶解することで調製した.すなわち,可溶性の問題からWTL中に少なく見積もられがちなタンパク質を濃縮したLSFの解析を追加する事で,プロテオーム解析の深度を向上させた(Fig.1a-d).またさらに,プロテオーム解析に用いたものと同じ組織粉末を用いてbulk RNA-Seq解析も行い,転写後調節により加齢変化を起こすタンパク質を包括的に同定し,その特徴を評価する事を行った.結果及び考察解析の結果,WTLとLSFの双方において,どの組織においても加齢に伴い増加するタンパク質の中に細胞外マトリックス(ECM)タンパク質が濃縮されている事が明らかになった(Fig.1e).また,加齢に伴い減少するタンパク質の中には,心臓や腎臓ではミトコンドリアタンパク質,特に心臓ではミトコンドリア膜タンパク質が濃縮されていた(Fig.1f).ECMタンパク質やミトコンドリア膜タンパク質は可溶性の低いタンパク質であり,これらのタンパク質が濃縮されたLSFの解析を追加した事で,有意な加齢変化を認めたタンパク質(Differentially expressed proteins, DEPs)の総数は倍加した(Fig.1b).加齢に伴い増加するECMタンパク質や加齢に伴い減少するミトコンドリアタンパク質を含め,加齢に伴い変化するタンパク質の種類自体は組織によって大きく異なっていた(Fig.1d).また,I型コラーゲンの有意な増加はどの組織でも認められず,今回の研究で認めた加齢に伴うECMタンパク質の増加一般的な線維化とは大きく異なる現象であると考えられる.なお,ECMタンパク質の増加とミトコンドリアタンパク質の減少を含め,今回明らかにしたプロテオームの加齢変化が大― 128 ―
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