中外創薬 助成研究報告書2023
121/324

図1. 睡眠における神経活動― 119 ―はじめに異なる階層に跨る睡眠圧の生物学的実体睡眠覚醒サイクルは,神経活動の明確な変化を伴う.NREM (non-rapid eye movement) 睡眠時の大脳皮質では,デルタ(0.5-4.0Hz)周波数と高振幅の脳波を特徴とするslow waveが観察され,その際の皮質神経細胞は脱分極したup stateと過分極したdown stateを交互に繰り返す同期した発火パターンを示す(図1).一方,覚醒状態では,これらのニューロンは脱分極・非同期の発火パターンに移行し,高周波数,低振幅の脳波を生む(図1).覚醒が続いた後の睡眠圧が高い状態では,NREM睡眠中のデルタ波の振幅が高くなることが知られている.そのため,NREM睡眠中のデルタ波の振幅(デルタパワー)は,睡眠圧の指標として用いられてきた1).脳波レベルで観察されるデルタパワーの増大は,神経集団レベルの局所電位におけるdown stateの増加に比例しており(図2. 睡眠圧の候補),時間遅れを持つようなカリウムチャネルがその生成を担っていると考えられる2-4).さらに近年,⻑時間の覚醒は大脳皮質における樹状突起スパインの増大と相関することが報告された5).樹状突起スパインは大脳皮質の錐体細胞が興奮性の入力を受ける構造であり,シナプス可塑性によって体積が増大するため6),興奮性シナプスの強度が睡眠圧として働く可能性が示唆される(図2).睡眠圧の分子的な担い手として,CaMKIIやSIK3といったリン酸化酵素が報告された4,7)(図2).このように,睡眠圧の全容を理解するためには,リン酸化からシナプス強度,down state,デルタパワーに至る異なる階層の睡眠圧を接続する必要がある.興奮性シナプス強度の増加と,down stateやデルタパワーの増加といった電気生理学的変化との関係は不明である.直感的には,興奮性シナプス強度の増加は,脱分極を誘導し,神経集団の発火率を上昇させる.しかしdown stateやデルタパワーの増大には,過分極が必要である.つまり,シナプス強度の増加と過分極の誘導は一見矛盾する.

元のページ  ../index.html#121

このブックを見る