結晶構造解析では全くできなかったため,タンパク質に接した脂質分子の尾部は激しく揺らいでおり,一定の構造を取っていないと考えていた.しかし,今回の結果はそれを覆すものである.一方で,尾部の可視化は一部の脂質分子のみであり,多くは確かに揺らいで可視化できていない.こうした尾部が明瞭に見える脂質分子と見えない脂質分子の間には何かしらの機能的役割に違いがあると考えているが,それが何かはまだ分からない.また,脂質頭部の中でも燐酸基部分は密度マップを欠いているものが多かった(図5右).これは燐酸基が負の電荷を帯びており,電顕は3Å分解能では負電荷領域の可視化が原理的に難しいからである.そのため,脂質分子の存在は明瞭に確認できても蛋白質との相互作用に一番重要と思われる燐酸基部分が不明瞭で,原子レベルでの蛋白質との相互作用の十分な理解には到っていない.この問題は原理的には2Å程度の分解能が得られれば解決できるので,更なる高分解能化を目指すが,先のX線溶媒コントラスト変調法であれば,3Å程度の分解能で解決できる.したがって,今後も両手法を駆使して総合的に脂質二重膜構造を原子レベルで明らかにする.図5. ナノディスクに再構成したE2P状態のNa+ポンプ得られたE2P状態の脂質二重膜に対する分子の傾きは(1)で明らかになったE1·3Na+状態と比べておよそ5˚の違いであった(図4).最も傾きが変わると想定される,E2PとE1·3Na+の間のE1~P·ADP·3Na+状態は脂質二重膜を含む構造決定に成功していなが,E2PとE1·3Na+との蛋白質構造の比較と今回の結果からE1·3Na+に比べて約10˚傾くことが予想された.回転中心付近での10˚の回転は僅かな動きだが,中心から距離が遠いほど移動は大きくなる.α-シヌクレインやアミロイドβ凝集体の結合領域L8/9は回転中心からおよそ59 Å離れており,10˚回転でおよそ10Åもシフトする.α-シヌクレインやアミロイドβ凝集体はこうした動きを止めることでNa+ポンプの能動輸送機構を阻害するのではないかと考えられた.おわりに本研究によりNa+ポンプは確かに反応サイクル中に分子の傾きを変えていることが示唆された.今後はそのほかの中間状態についても同様の解析を進めて,Na+ポンプの”rocking motion”を精確に左はクライオ電子顕微鏡により明らかにした,ナノディスクに再構成したNa+ポンプの全体構造.灰色の半透明surfaceはdensity mapを示す.中央は左図の膜貫通領域の拡大図で,脂質分子に相当するdensityを緑で,コレステロールに相当するdensityをマゼンダで示す.右は脂質分子に相当するdensityに脂質分子を当てはめた様子で,青色メッシュはdensityを示す.脂質尾部を示すdensityは良く見えるが,燐酸基に相当する部分は相対的に良く見えないことに注目.― 112 ―
元のページ ../index.html#114