― 110 ―実験方法Na+ポンプと脂質二重膜との相互作用の構造的理解のためには脂質二重膜の構造決定が不可欠であるが,通常のX線結晶構造解析では揺らぎの大きな脂質二重膜を構造決定できない.そこで,本研究では所属研究室にて開発された(1) X線溶媒コントラスト変調法6)を用いてNa+ポンプ結晶内の脂質二重膜の可視化に取り組んだ.また,補完的な解析であり,X線溶媒コントラスト変調法よりも迅速に脂質二重膜を可視化する手段として,(2) 脂質二重膜を含むナノディスクに再構成したNa+ポンプのクライオ電顕単粒子解析にも取り組んだ.(1)X線溶媒コントラスト変調法によるNa+ポンプ結晶内の脂質二重膜の可視化まず,既にある4種類の中間状態(図1)のNa+ポンプ結晶(Na+を結合した状態(E1·3Na+),Na+を結合し,ATPから燐酸化した状態(E1~P·ADP·3Na+),Na+を遊離した状態(E2P),K+を結合し,脱燐酸化した状態(E2·Pi·2K+))を作成し,結晶化溶液に終濃度0-70%(w/v)の間で様々な濃度の溶媒コントラスト変調剤(histodenz)を添加し,それぞれ回折測定を行った.回折測定には兵庫県の高輝度放射光施設SPring-8のBL41XUを用いた.高濃度のhistodenzは結晶を劣化させることがあり,本実験においてもE1·3Na+状態以外の結晶は高濃度histodenzに耐えられなかった.次に脂質膜のモデルとして一次元単純モデルを作成し,0%と70%変調剤を含む回折データ間の差から初期溶媒領域を決定した.最後に全構造因子から,決定した溶媒領域分の構造因子を差し引いて膜領域を可視化した.(2)ナノディスクに再構成したNa+ポンプのクライオ電顕単粒子解析界面活性剤C12E8で可溶化したNa+ポンプに対して,DOPC, DOPS, コレステロール,またscaffold proteinであるMSP-1D1(ヒスチジンタグ付き)を添加後にBiobeads SM-2を添加して一晩静置した.その後,Ni-NTA agaroseを用いてナノディスクを精製し,ゲルろ過クロマトグラフィーにてNa+ポンプを含むナノディスクと空のナノディスクを分離した.その精製ナノディスクに対してE2P状態を再現するように無機燐酸を添加し,グリッドに添付してクライオ電顕観察した.次いで3次元解析プログラムRelionを用いてE2P状態のNa+ポンプの3次元像を構築し,構造決定した.結果及び考察(1)X線溶媒コントラスト変調法によるNa+ポンプ結晶内の脂質二重膜の可視化中間体の1つであるE1·3Na+状態について様々な濃度の溶媒コントラスト変調剤を含む結晶の回折データを4 Åを超える分解能で収集できた.このうち,0%と70%の変調剤を含む回折データから初期溶媒領域の決定を試みたところ,図3に示すように蛋白質領域のほか,脂質二重膜inner leafletおよびouter leafletの脂質頭部に相当するバンド状の電子密度を得ることができた.E1·3Na+状態は細胞質側のゲートを開いて,細胞質側のNa+を取り込んだ状態であることが生化学的に示されている.既にE1·3Na+状態の蛋白質構造解析から,細胞質側ゲートを閉じた他の中間状態の時の構造に比べて,膜貫通ヘリックスM1とM2が細胞外側に下がることで細胞質側ゲートが開くことを報告している4)が,今回,新たに脂質二重膜領域を可視化できたことにより,確かにM1, M2ヘリックスが細胞外側に下がることで分子全体の傾きを変え,Na+結合サイトに通ずるcavityが細胞質側の溶媒領域に到達していることが明らかになった(図4).現状では6 Å分解能の電子密度で脂質分子をモデリングできず,Na+ポンプとの相互作用の詳細は明らかにできていないが,今回得られた回折データの更な
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