東京生化学研究会 60周年記念誌
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60年、光陰矢の如し、そして今 私は選考委員として財団のお手伝いをすることになった。 その際に財団について、という冊子をいただいた。 そこには、白黒の写真があり目を惹かれた。 説明によると財団設立当時の写真で、左の和服の方が中外製薬(株)創業者・故上野十藏社長(当時)、右の洋服の方が東京大学初代薬学部長・故石館守三教授(当時)とある。 ところで私の本棚には、すでに変色した本があり、それは「微量定性分析 理論と実験 東京大学名誉教授薬学博士石館守三著」(南山堂)である。 書籍情報を見ると、昭和24年(1949年)に第1版が発行され、手元にあるのは昭和48年(1973年)第20版とある。 パラパラとめくると、あちこち赤線、下線、書き込みがあり、昔は少しは勉強したという痕跡(?)があるのは自慢できるかもしれない。 私はこれまで研究室の異動に伴い何度か引越ししている。 その度に所有物の整理や廃棄を行なったが、なぜこの本が40年以上ずっと私とともに今日に至っているか考えてみた。 自分が研究対象とする分子(遺伝子、タンパク質、化合物など)が、それぞれどのような性質を持つかを知ることは、研究を進めるうえで最も基本とすべき、と考えたからである。 さて、病気の解明、それに対する創薬や治療法の開発には精緻な基礎研究が必要である。 新型コロナウイルス感染症でも、とても科学的エビデンスが得られる実験デザインでないにもかかわらず、結果はあたかも有意差があるかの如く報道されていたこともあった。 そのような間違った情報が一人歩きして国民に誤解を与えてしまう科学の危うさを感じた。 一方今回の感染症は正しい科学を国民に近づける機会ともなり、PCR検査、ウイルス変異、mRNAワクチン、抗体カクテル療法などを皆が知った。 正しい基礎研究の成果が身近に使われることを理解して頂けた。 国民からの基礎研究の必要性や基礎研究への理解、そして支援が、新たな創薬や治療法への道筋を加速することを確信する。遠藤 玉夫(財団現理事、元評議員、元選考委員)東京都健康長寿医療センター研究所シニアフェロー067東京生化学研究会60周年に寄せて

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