東京生化学研究会 60周年記念誌
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●永山理事長 もちろん、その点についても熟慮しました。 いわゆる吸収合併になってしまうと、中外製薬というものの姿が見えなくなってしまう。 バイオ創薬のリーダーである中外製薬のアイデンティティを維持する必要がありました。 当時研究開発担当だった山崎達美さんが私に言ったことは、「アクテムラを開発した中外製薬であれば、抗体創薬開発でロシュにも引けを取らない」。 そういうことであればロシュ社と組んでも自主経営が可能であると考えました。 ロシュ社はスイスの企業であり自国の市場が非常に小さいので、グローバル企業としては海外市場を取り込む必要がありました。 ロシュ社は米国においてはバイオ創薬のリーダーであるジェネンテックという企業を所有し、ジェネンテックは独立経営を行っていました。 合併しても独立経営を受け入れる、ロシュにはそういうカルチャーがありました。 そこで、ロシュ社CEOのフーマーさんと2人で話を進めた結果、中外製薬とロシュの日本における医薬品事業を合併させることが決まりました。 資本はロシュが過半数を持つが、中外製薬は独立経営でやる、という前例のない形ができました。長野専務理事東京生化学研究会(TBRF)についてはどのように考えていらっしゃったのですか。●永山理事長 中外製薬による独立経営が維持されることによって、財団法人東京生化学研究会(TBRF)もそのまま維持することができました。長野専務理事中外製薬の独立性・自主経営があれば、財団法人の継続も可能と考えられたわけですね。●永山理事長 そうです。001960-2020 TBRF-60th CHAAO-10th032

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