CHAAOの10年 思い出すこと 私は当時がん研にいたが「(一社)中外Oncology学術振興会議(CHAAO)」設立当初から関わることになった。 設立の立役者であった中外製薬(株)の有澤幹雄さんと仕事上のお付き合いがあった関係で招かれたらしい。 当時、中外製薬(株)は、がん関連事業の売り上げで国内トップとなり、改めて社会還元を思い立たれた。 熱血漢の有澤さんは多彩な構想を描かれたが、実際に稼働した企画の中では国際フォーラム(IAAO)とJCA-CHAAO賞が印象深い。 国際フォーラムは、抗がん剤開発で欧米の後塵を拝しつつあった日本の状況に鑑み、若い研究者・開発者の活性化を意識して企画された。 世界のがん研究におけるオピニオンリーダー達が招聘され、充実したレベルの高い内容は最初から高く評価された。 若者だけでなく、多くの年配の研究者・医療従事者からも参加要請が増え続け、運営的には嬉しい問題となった。 この成功は招聘する研究者の選択に依存したが、高感度のアンテナを持つ有澤さんと実行委員の努力で毎年成功裏に実現した。 私は同じ頃、がん化学療法センターの国際シンポジウムの運営に関わっていたが、トップ研究者の招聘は難しく、有澤さんの人脈と力量を見せつけられて悔しい思いをしたものであった。 JCA-CHAAO賞は日本癌学会の学術賞として定着しているが、研究を起点に開発を通して実際のがん医療の発展に貢献を果たした人々を顕彰するユニークな賞である。 私ががん研にいたことから、賞創設の橋渡しをしたものである。 毎年の授与式では受賞者に声援を送る一方で、そのことを思い出している。 早くも10年が過ぎ去り、(公財)東京生化学研究会に移管され新しいフェーズを迎えたが、今後の更なる活躍を期待したい。吉田 光昭(財団元理事)(公財)がん研究会・がん化学療法センター顧問123東京生化学研究会60周年に寄せて
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