(公財)東京生化学研究会とのかかわり 中外製薬(株)高田事業所は閉鎖されたが新薬開発の研究所で、時代背景にそった研究・開発がなされていた。 アルファロール、エポジンの開発もなされたが、1980年代のことだったように記憶する。 高田事業所は勤務地との距離が近く、嘱託医を長く務めさせていただいた。 出務初日、故西井易穂氏が部屋に来られ要望を語られた。 アルファロール開発における責任者であったこともあり、ビタミンに位置付けられているがむしろホルモンと言うべきではないか、といった話をしていた。 COVID-19感染拡大が始まり、既存のもので効果のありそうな薬剤のことでやりとりしていたのだが、中外の既存薬で有望なものも挙げておられた。 研究から製品開発に向かう時の決め手、どこで進め、どうなったら諦めるのかなど、話したいことが残されたまま亡くなられてしまった。 研究員の方々が共に伊香保に宿泊、ゴルフというご褒美をいただいたこともあり、思いで深い高田事業所であったが閉鎖されることになり、総務を務められていた井上一紀氏につれられ、上野十藏会長にお会いした。 会長の第一声は、種々調べたがいつから高田事業所で勤務されたかが判らない。 ともかく(公財)東京生化学研究会で評議員をやりなさいとのこと。 いざ出席したところ、メンバーの多くが薬学関係の面々だった。 中外製薬(株)は永山治社長時代の1990年代に国際化を進められ、スイスロシュ社と密な関係を築かれた。 タミフルの成功からCOVID-19に対する抗体カクテル療法の導入、お見事。 (公財)東京生化学研究会では研究発表終了後の懇親会で永山さんのスピーチが英語でなされ、これが楽しみのひとつだった。 再開された研究会で皆様にお会いできる日が待ち遠しい。中川 滋木(財団元評議員)浅草介護老人保健施設・施設長109東京生化学研究会60周年に寄せて
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